2009年07月10日
少年よ、ためにならない本を読め
今日は長いので
携帯の方は二日に分けて読んでくださいね…
最近本をいっぱい読んでますので、ちょこっと紹介させてください
『ONE PIECE』全巻
いきなりマンガですが
僕は毎日読んでます
繰り返し繰り返し
それでも面白いというか、
もはや人生のバイブルというべきマンガです
一度読むのを辞めたのですが
自分が年を経てから読むと
なんか今までと読み方が変わって面白さの質が変わりました
雨が降ることに喜びを感じ
太陽の光を浴びれることを嬉しくて涙する人たち
仲間を心から大切に思い
ぜったいに信念を曲げない
ワクワクする心を忘れない
逆境でも前だけ見て笑えることができ
でも自分ひとりではなにもできないことをちゃんと知っている
人の上に立つ器があるというのはどういうことなのかを教えてくれます
単にマンガだからでは片付けられない
無くしてはいけないものがこの中にはあふれているんです
『赤めだか』
名著なのに今ごろなんですが、
言わずと知れた落語家立川談春さんの自伝です
とにかく面白い
やはり落語家さんだからかなのかは分からないですが
言葉にもリズムがあって、
段落ごとにちゃんと話しのオチがくる感じがたまりません
うーん、笑って泣けてオチがあって
期待値は高かったのですが、正直はるかに上でした
落語が生で観たくなります
『ビジョナリー・カンパニー2』
これも名著でかなり有名な本です
まだ読み始めたとこですが
ページをめくるたびに作者のワクワクが伝わってきます
莫大なデータにもとづいて導きだされる法則をめぐる
好奇心と知的冒険の旅
二年ほど前まではほとんど本を読まなかった僕が
本を好きになった理由がこの本を読んでわかりました
それは、自分の知らないことに対する
好奇心を満たしてくれるものがそこにはあるからなんです
自分の知りたいことに対して
著者の伝えたいことが答えとなって返ってきたとき
本と対話できてるような感じがするんです
本の素晴らしさを再認識させてもらいました
『謎の1セント硬貨〜真実は細部に宿る〜』
宇宙飛行士向井千秋さんのダンナさん
向井万起男さんのエッセイです
うーん、すごい試みを本にしたなぁという感じですね
アメリカ在住の奥さんと「アメリカ」という国を経験する中で
疑問に感じたことを
ホームページの問い合わせにメールしまくるんです!
そしてそれが面白いことにどれも返ってくるんです
万起男さんの疑問に思う箇所は
アメリカ人でもあまり気付かないような細かい箇所なんですが
それに答えてくるアメリカ人の懐の深さとユーモアが面白いです
でも、もっとも面白いのは万起男さんの髪型です…
『RESOLVE〜神経言語プログラミングの新たな展開〜』
突然ですが
みなさんご自身のことをどれだけわかってらっしゃいますか?
いえサッカーボール持って、自分探しの旅に出ろとは言わないです…
私たちは、自分のことをよくわかっているつもりでいます
でも実際は「わかっているつもり」に過ぎない、
そんなことありませんか?
言葉は自分で選んで話している
時間は自分で選んで使っている
人生は自分で選んで生きている
本当にそうですか?
なんとなく言葉を使い
なんとなく時間を使い
なんとなく人生を生きてはいませんか?
なんだか偉そうでしょ…
前回、脳のことについて勉強していると書かせていただきましたが
最近はもう少し踏み込んで「NLP」というものを勉強しています
直訳すると「神経言語プログラミング」
これだけ聞くとなんかむずかしそうなんですが
日常生活の中で誰でもある
「この歌なんとなくいいなぁ」とか
「この本なんとなく面白そう」
こんな「なんとなく」をもっと突き詰めて考えるのが
「NLP」というものなんです
実はこれには「脳のしくみ」と「言語」の両方に
とても密接な関係があるんですよ
たとえば
「言葉」 「動作」 「表情」
これらを意識するだけで人生が大きく変わると言われています
しかし、日常の様々な場面で
「なんとなく」言葉を使ってしまったり
「なんとなく」あいさつをかわしてしまったり
「なんとなく」で不機嫌な顔になっていたり
そんなことを無意識に毎日繰り返してはいませんか?
「なんとなく」やったことで人生が不幸せになってしまっている
そんなことって本当にあるんです
ちょっとだけ「NLP」からは逸れますね
信じる信じないはどちらでもかまわないのですが
脳にも心にも体にも
ダメージを与える言葉というものがあるそうです
それは
「無理」「分からない」「むずかしい」「めんどくさい」
「こわい」「自分のことでせいいっぱい」
などなどです
どうですか
ふだんなんとなく使っている言葉じゃないですか
なかでもいちばんダメージの大きいとされる言葉があります
それが
なんと
なんと
なんと
くどいですね
「疲れた」
という言葉なんだそうです
いや〜びっくりしました
ついつい、いっぱい使ってしまってます
みなさんも、「疲れた」って、口ぐせみたいに使ってはいませんか?
信じる方はこれらの自分自身にダメージを与える言葉たち
とくに「疲れた」をできるだけ使わないようにしましょうね
ではまた「NLP」に話しを戻させていただいて
心理学の博士がおっしゃるには
人が幸せを感じる
幸せを感じないの9割以上を占めるもの
それは
「人間関係」だそうです
そして
「人間関係」はどうしたら改善できるのか、
幸せになるにはどうしたらいいのかを助言し、
自分の不幸せをかこつだけの状態に甘んじる必要はないんですよ
と教えてあげることが「NLP」の役割なんです
では、この「人間関係」を悪化させる原因となるのは
いったいなんなのでしょうか
地図を想像してみてください
地図にはいろいろなタイプがありますよね
ごく普通の平面であらわしたもの
立体的にあらわしたもの
パソコンで丁寧につくりこんだもの
手書きの簡単なもの
同じ場所であっても
いろいろなあらわし方があります
では、実際に地図の場所に行くと、どうでしょう
実際はどの地図も地理そのものとは違いますよね
私たちが見ている現実も
実は現実そのものを見ているのではないそうです
たとえば
海辺で夕日を見ていても
「ロマンティックだなぁ」と思う人もいれば
「お腹すいたなぁ、晩ご飯なにかなぁ」と思う人もいるはずです
同じ会社で「ある目標に向けて頑張ろう」と働いていても
意義のある仕事だと燃えている人もいれば
つまらない仕事だと感じている人もいてるんです
つまり、
人はひとりひとり異なる「言語マップ」というものを
頭の中に持っています
ですから
自分のマップを通して見ているのか
他のマップを通して見ているのかの違いであって
事実そのものを見ているのではないということなんです
時として
「自分の事実(マップ)が正しい」
「自分の事実(マップ)がすべてだ」
そう思い込んでしまうことが「人間関係の悪化」につながります
「それぐらい言わなくてもわかってるでしょ」
と相手に求めるのではなく
自分のマップを知り、相手のマップを確認して
お互いのマップをあわせるための
具体的なコミュニケーションの仕方
それが「NLP」という学問なんです
「NLP」には
自分自身のアイデンティティ(自己認識)や
信念、価値観を知ることができ、
その人が本来持っている能力や可能性のすばらしさを
再発見できるという能力があります
すでに「NLP」をマスターし、実践されている方は
世界中でこれを役立てれば役立てるほど
その可能性が無限に広がっていくことに気づかさせてくれる学問だ
とおっしゃっています
誰でも幸せに過ごしたいと思うのがあたりまえ
そんななか
幸せの9割以上に関係する
この「人間関係」というものにスポットを当てて
真剣に考え、取り組んでいる会社が
世界中にどれだけあるんでしょうね
会社を変えるべく
社会を変えるべく
僕も真剣に「NLP」に取り組んで
人の持つ可能性というものの素晴らしさを
五感を使って感じてみたいと思います
以上、ためにならない本のご紹介でした
みなさんも
好奇心のあふれるためにならない本をたくさん読んで下さい
長かったですね お疲れ様でした
実際に疲れたときはなんて言うのかって?
「今日も充実してたなぁ」って言うんです
今日も読んでいただいてありがとうございました
携帯の方は二日に分けて読んでくださいね…
最近本をいっぱい読んでますので、ちょこっと紹介させてください
『ONE PIECE』全巻
いきなりマンガですが
僕は毎日読んでます
繰り返し繰り返し
それでも面白いというか、
もはや人生のバイブルというべきマンガです
一度読むのを辞めたのですが
自分が年を経てから読むと
なんか今までと読み方が変わって面白さの質が変わりました
雨が降ることに喜びを感じ
太陽の光を浴びれることを嬉しくて涙する人たち
仲間を心から大切に思い
ぜったいに信念を曲げない
ワクワクする心を忘れない
逆境でも前だけ見て笑えることができ
でも自分ひとりではなにもできないことをちゃんと知っている
人の上に立つ器があるというのはどういうことなのかを教えてくれます
単にマンガだからでは片付けられない
無くしてはいけないものがこの中にはあふれているんです
『赤めだか』
名著なのに今ごろなんですが、
言わずと知れた落語家立川談春さんの自伝です
とにかく面白い
やはり落語家さんだからかなのかは分からないですが
言葉にもリズムがあって、
段落ごとにちゃんと話しのオチがくる感じがたまりません
うーん、笑って泣けてオチがあって
期待値は高かったのですが、正直はるかに上でした
落語が生で観たくなります
『ビジョナリー・カンパニー2』
これも名著でかなり有名な本です
まだ読み始めたとこですが
ページをめくるたびに作者のワクワクが伝わってきます
莫大なデータにもとづいて導きだされる法則をめぐる
好奇心と知的冒険の旅
二年ほど前まではほとんど本を読まなかった僕が
本を好きになった理由がこの本を読んでわかりました
それは、自分の知らないことに対する
好奇心を満たしてくれるものがそこにはあるからなんです
自分の知りたいことに対して
著者の伝えたいことが答えとなって返ってきたとき
本と対話できてるような感じがするんです
本の素晴らしさを再認識させてもらいました
『謎の1セント硬貨〜真実は細部に宿る〜』
宇宙飛行士向井千秋さんのダンナさん
向井万起男さんのエッセイです
うーん、すごい試みを本にしたなぁという感じですね
アメリカ在住の奥さんと「アメリカ」という国を経験する中で
疑問に感じたことを
ホームページの問い合わせにメールしまくるんです!
そしてそれが面白いことにどれも返ってくるんです
万起男さんの疑問に思う箇所は
アメリカ人でもあまり気付かないような細かい箇所なんですが
それに答えてくるアメリカ人の懐の深さとユーモアが面白いです
でも、もっとも面白いのは万起男さんの髪型です…
『RESOLVE〜神経言語プログラミングの新たな展開〜』
突然ですが
みなさんご自身のことをどれだけわかってらっしゃいますか?
いえサッカーボール持って、自分探しの旅に出ろとは言わないです…
私たちは、自分のことをよくわかっているつもりでいます
でも実際は「わかっているつもり」に過ぎない、
そんなことありませんか?
言葉は自分で選んで話している
時間は自分で選んで使っている
人生は自分で選んで生きている
本当にそうですか?
なんとなく言葉を使い
なんとなく時間を使い
なんとなく人生を生きてはいませんか?
なんだか偉そうでしょ…
前回、脳のことについて勉強していると書かせていただきましたが
最近はもう少し踏み込んで「NLP」というものを勉強しています
直訳すると「神経言語プログラミング」
これだけ聞くとなんかむずかしそうなんですが
日常生活の中で誰でもある
「この歌なんとなくいいなぁ」とか
「この本なんとなく面白そう」
こんな「なんとなく」をもっと突き詰めて考えるのが
「NLP」というものなんです
実はこれには「脳のしくみ」と「言語」の両方に
とても密接な関係があるんですよ
たとえば
「言葉」 「動作」 「表情」
これらを意識するだけで人生が大きく変わると言われています
しかし、日常の様々な場面で
「なんとなく」言葉を使ってしまったり
「なんとなく」あいさつをかわしてしまったり
「なんとなく」で不機嫌な顔になっていたり
そんなことを無意識に毎日繰り返してはいませんか?
「なんとなく」やったことで人生が不幸せになってしまっている
そんなことって本当にあるんです
ちょっとだけ「NLP」からは逸れますね
信じる信じないはどちらでもかまわないのですが
脳にも心にも体にも
ダメージを与える言葉というものがあるそうです
それは
「無理」「分からない」「むずかしい」「めんどくさい」
「こわい」「自分のことでせいいっぱい」
などなどです
どうですか
ふだんなんとなく使っている言葉じゃないですか
なかでもいちばんダメージの大きいとされる言葉があります
それが
なんと
なんと
なんと
くどいですね
「疲れた」
という言葉なんだそうです
いや〜びっくりしました
ついつい、いっぱい使ってしまってます
みなさんも、「疲れた」って、口ぐせみたいに使ってはいませんか?
信じる方はこれらの自分自身にダメージを与える言葉たち
とくに「疲れた」をできるだけ使わないようにしましょうね
ではまた「NLP」に話しを戻させていただいて
心理学の博士がおっしゃるには
人が幸せを感じる
幸せを感じないの9割以上を占めるもの
それは
「人間関係」だそうです
そして
「人間関係」はどうしたら改善できるのか、
幸せになるにはどうしたらいいのかを助言し、
自分の不幸せをかこつだけの状態に甘んじる必要はないんですよ
と教えてあげることが「NLP」の役割なんです
では、この「人間関係」を悪化させる原因となるのは
いったいなんなのでしょうか
地図を想像してみてください
地図にはいろいろなタイプがありますよね
ごく普通の平面であらわしたもの
立体的にあらわしたもの
パソコンで丁寧につくりこんだもの
手書きの簡単なもの
同じ場所であっても
いろいろなあらわし方があります
では、実際に地図の場所に行くと、どうでしょう
実際はどの地図も地理そのものとは違いますよね
私たちが見ている現実も
実は現実そのものを見ているのではないそうです
たとえば
海辺で夕日を見ていても
「ロマンティックだなぁ」と思う人もいれば
「お腹すいたなぁ、晩ご飯なにかなぁ」と思う人もいるはずです
同じ会社で「ある目標に向けて頑張ろう」と働いていても
意義のある仕事だと燃えている人もいれば
つまらない仕事だと感じている人もいてるんです
つまり、
人はひとりひとり異なる「言語マップ」というものを
頭の中に持っています
ですから
自分のマップを通して見ているのか
他のマップを通して見ているのかの違いであって
事実そのものを見ているのではないということなんです
時として
「自分の事実(マップ)が正しい」
「自分の事実(マップ)がすべてだ」
そう思い込んでしまうことが「人間関係の悪化」につながります
「それぐらい言わなくてもわかってるでしょ」
と相手に求めるのではなく
自分のマップを知り、相手のマップを確認して
お互いのマップをあわせるための
具体的なコミュニケーションの仕方
それが「NLP」という学問なんです
「NLP」には
自分自身のアイデンティティ(自己認識)や
信念、価値観を知ることができ、
その人が本来持っている能力や可能性のすばらしさを
再発見できるという能力があります
すでに「NLP」をマスターし、実践されている方は
世界中でこれを役立てれば役立てるほど
その可能性が無限に広がっていくことに気づかさせてくれる学問だ
とおっしゃっています
誰でも幸せに過ごしたいと思うのがあたりまえ
そんななか
幸せの9割以上に関係する
この「人間関係」というものにスポットを当てて
真剣に考え、取り組んでいる会社が
世界中にどれだけあるんでしょうね
会社を変えるべく
社会を変えるべく
僕も真剣に「NLP」に取り組んで
人の持つ可能性というものの素晴らしさを
五感を使って感じてみたいと思います
以上、ためにならない本のご紹介でした
みなさんも
好奇心のあふれるためにならない本をたくさん読んで下さい
長かったですね お疲れ様でした
実際に疲れたときはなんて言うのかって?
「今日も充実してたなぁ」って言うんです
今日も読んでいただいてありがとうございました
2009年07月05日
へぇ! へぇ! へぇ!
ツール・ド・フランスが
いよいよ始まりましたね
今年はなんと!
史上2人目と3人目の日本人選手が出場しています
土井さんは残念ながら最終選考で涙を飲みました
間違いなく史上4人目の実力の持ち主なんですがね
でも来年また頑張るとおっしゃてました
こっち帰ってきたらいっしょに自転車乗ろうとも
おっしゃってくれました(涙)
今年はまず出場した二人の日本人選手の活躍を応援しましょう!
そして、テニスはウインブルドンがいよいよ決勝です
フェデラーガンバッッテ!!勝って欲しい!カモーン!!
みなさんごいっしょに カッモーーン!!
投げっぱなしでスイマセン…
どんどん行きます
今日はおもしろい本を買いました
「アラマタ大辞典」
子どもが読めるような百科事典なんですが、
これがとにかくオモシロイんです
2年ぐらい前の本なんですが
帯には「たけし絶賛」とデカデカと書いてます
好奇心のカタマリみたいな本です
またこの中のびっくりするようなお話しは、後日書かせていただきます
なんでこのお話しを出したかというと
あとのお話しにすこし関係してくるからなんです
ここ最近なんですが、「脳のこと」と「手話」を勉強しています
また なんで?
どこに向かうねん?
なんて声も聞こえてきそうですが
「脳のこと」は
「よりよく生きる」ことと「より頭をよくする」ことの
つながりを見つけるため
「手話」は
伝えたいという気持ちを前面に出して
まっすぐ人のこころに届けれるようになるため
サービスという仕事の本質にもつながりますし
そして大きく考えると、どちらも自分の夢の実現のためでもあります
今日は
そのうち「脳のこと」について
すこし書かせていただこうと思います
たとえば
人それぞれモノを憶える方法だとかモチベーションをあげる方法って
ありますよね
でも実際、どうやって人は無数の情報の中から
これは憶えて、これは憶えないって
えらんでいるか気づいてますか?
どんなときに人はモチベーションが上がって
なにをしたときに人は楽しいと感じることができるのかわかります?
たとえば、本を読んで勉強してもすぐに眠くなってしまうとき
たとえば、人と会ってもなかなか名前を憶えられないなぁと感じたとき
たとえば、今日はなんとなく仕事するのがしんどいなぁと思う日
脳のメカニズムを知っているのと知らないのとでは
その対処法がまったく変わってくるんです
それを知ってるというだけで
いっぱい記憶もできて
自分もみんなのモチベーションもあげれたりできたとしたら
生きていくうえでなんかワクワクして楽しくなりませんか?
この世の中のことは「知っていること」と「知らないこと」に
分けられますが
「知っていること」のなかにある
「知ってるつもり」
ということが
いかにそのうちの多くを占めているのかということを
僕自身感じるんです
僕たちは生きていくうちに
経験から学んだり
人から教わったり
多くのことを学んでいきます
ですが
あふれる情報をそのまま鵜呑みにして
その真偽を
自分で突き詰めるということを
おろそかにしていないでしょうか?
話しを脳の話しに戻させていただきますね
たとえば
「年を取るほど脳の細胞が死んでいくので、
記憶力はだんだん悪くなる」
そんなふうに憶えていたりしませんか
「最近記憶力が悪くなったなぁ、もう年かなぁ」
なんて言ってしまったことがある人
年を取るほど記憶力が悪くなるなんて
嘘ですよ〜
脳は30歳、40歳を過ぎたぐらいから
どんどん活発になるそうです
いろいろ考えて考えて、考えが煮詰まってしまったとき
「いっぱい頭使ったから、脳が疲れた」
なんて言ってしまったことのある人
脳はいっさい疲れないそうです
一生使い続けてもぜんぜん疲れない
疲れるのは単に目が疲れるというだけだそうです
こんなことをちょっと知っているだけでも
なんか自分の可能性というものに希望が出てくる気がしませんか?
人間をつかさどる脳のことを
もっと「自分のため」にも知るべきだと思いませんか?
「よりよく生きる」ことと「より頭をよくする」ことの
つながりを見つけるとは
そういうことなんです
これはすべての「学問」にもつながると思います
自分の可能性を伸ばすために学ぶ
もっと楽しく、もっと笑って暮らすために学ぶ
だから「学問」は人生をより楽しむために学ぶものなんです
また、それましたね
脳の話しに戻させていただきます
人間の認識は、
感性も含めてすべて「記憶の組み合わせ」で起こるそうです
発想力、想像力、あなたの服のセンスなんかも
脳の記憶によるといいます
ということは
ひとつだけの見方にとらわれてる人は
発想力がなかったり
想像力がなかったり
服のセンスが悪かったりしちゃうというわけです
あるときにふっと
「これおもしろいなぁ」と思って
自分の視点におもしろいものが加われば
脳のパターンの認識数が飛躍的に増えて
それをくりかえせば
人の考えは驚くほどおもしろいものに発達します
新しい視点を加えることは
自分の努力でもできるし
教えてもらって外部から影響を受けることもできる
何歳になっても
新たな経験の記憶を加え続ければ
脳はそこから「べき乗」で
考えの組み合わせを増やせるんです
つまり
最初のちょっとしたきっかけで
脳を使いまくる人とそうでない人とが
分かれていくということなんです
それが顕著に現れてくるのが
30歳以降の脳だということです
「脳は使い尽くすことができる」
と気づきさえすれば
どんな年齢でも脳を使い尽くすほうに
枝分かれができます
ただ、それを認識するかしないか
知っているか知らないか
知っているつもりか
なんにでも好奇心を持って
突き詰めていこうとする人の脳は活発に働いてくれます
世の中は
驚きと感動に満ちている
記憶力を無くしていくということ
それは
感動を忘れていくことに他ありません
今日も読んでいただいてありがとうございました
いよいよ始まりましたね
今年はなんと!
史上2人目と3人目の日本人選手が出場しています
土井さんは残念ながら最終選考で涙を飲みました
間違いなく史上4人目の実力の持ち主なんですがね
でも来年また頑張るとおっしゃてました
こっち帰ってきたらいっしょに自転車乗ろうとも
おっしゃってくれました(涙)
今年はまず出場した二人の日本人選手の活躍を応援しましょう!
そして、テニスはウインブルドンがいよいよ決勝です
フェデラーガンバッッテ!!勝って欲しい!カモーン!!
みなさんごいっしょに カッモーーン!!
投げっぱなしでスイマセン…
どんどん行きます
今日はおもしろい本を買いました
「アラマタ大辞典」
子どもが読めるような百科事典なんですが、
これがとにかくオモシロイんです
2年ぐらい前の本なんですが
帯には「たけし絶賛」とデカデカと書いてます
好奇心のカタマリみたいな本です
またこの中のびっくりするようなお話しは、後日書かせていただきます
なんでこのお話しを出したかというと
あとのお話しにすこし関係してくるからなんです
ここ最近なんですが、「脳のこと」と「手話」を勉強しています
また なんで?
どこに向かうねん?
なんて声も聞こえてきそうですが
「脳のこと」は
「よりよく生きる」ことと「より頭をよくする」ことの
つながりを見つけるため
「手話」は
伝えたいという気持ちを前面に出して
まっすぐ人のこころに届けれるようになるため
サービスという仕事の本質にもつながりますし
そして大きく考えると、どちらも自分の夢の実現のためでもあります
今日は
そのうち「脳のこと」について
すこし書かせていただこうと思います
たとえば
人それぞれモノを憶える方法だとかモチベーションをあげる方法って
ありますよね
でも実際、どうやって人は無数の情報の中から
これは憶えて、これは憶えないって
えらんでいるか気づいてますか?
どんなときに人はモチベーションが上がって
なにをしたときに人は楽しいと感じることができるのかわかります?
たとえば、本を読んで勉強してもすぐに眠くなってしまうとき
たとえば、人と会ってもなかなか名前を憶えられないなぁと感じたとき
たとえば、今日はなんとなく仕事するのがしんどいなぁと思う日
脳のメカニズムを知っているのと知らないのとでは
その対処法がまったく変わってくるんです
それを知ってるというだけで
いっぱい記憶もできて
自分もみんなのモチベーションもあげれたりできたとしたら
生きていくうえでなんかワクワクして楽しくなりませんか?
この世の中のことは「知っていること」と「知らないこと」に
分けられますが
「知っていること」のなかにある
「知ってるつもり」
ということが
いかにそのうちの多くを占めているのかということを
僕自身感じるんです
僕たちは生きていくうちに
経験から学んだり
人から教わったり
多くのことを学んでいきます
ですが
あふれる情報をそのまま鵜呑みにして
その真偽を
自分で突き詰めるということを
おろそかにしていないでしょうか?
話しを脳の話しに戻させていただきますね
たとえば
「年を取るほど脳の細胞が死んでいくので、
記憶力はだんだん悪くなる」
そんなふうに憶えていたりしませんか
「最近記憶力が悪くなったなぁ、もう年かなぁ」
なんて言ってしまったことがある人
年を取るほど記憶力が悪くなるなんて
嘘ですよ〜
脳は30歳、40歳を過ぎたぐらいから
どんどん活発になるそうです
いろいろ考えて考えて、考えが煮詰まってしまったとき
「いっぱい頭使ったから、脳が疲れた」
なんて言ってしまったことのある人
脳はいっさい疲れないそうです
一生使い続けてもぜんぜん疲れない
疲れるのは単に目が疲れるというだけだそうです
こんなことをちょっと知っているだけでも
なんか自分の可能性というものに希望が出てくる気がしませんか?
人間をつかさどる脳のことを
もっと「自分のため」にも知るべきだと思いませんか?
「よりよく生きる」ことと「より頭をよくする」ことの
つながりを見つけるとは
そういうことなんです
これはすべての「学問」にもつながると思います
自分の可能性を伸ばすために学ぶ
もっと楽しく、もっと笑って暮らすために学ぶ
だから「学問」は人生をより楽しむために学ぶものなんです
また、それましたね
脳の話しに戻させていただきます
人間の認識は、
感性も含めてすべて「記憶の組み合わせ」で起こるそうです
発想力、想像力、あなたの服のセンスなんかも
脳の記憶によるといいます
ということは
ひとつだけの見方にとらわれてる人は
発想力がなかったり
想像力がなかったり
服のセンスが悪かったりしちゃうというわけです
あるときにふっと
「これおもしろいなぁ」と思って
自分の視点におもしろいものが加われば
脳のパターンの認識数が飛躍的に増えて
それをくりかえせば
人の考えは驚くほどおもしろいものに発達します
新しい視点を加えることは
自分の努力でもできるし
教えてもらって外部から影響を受けることもできる
何歳になっても
新たな経験の記憶を加え続ければ
脳はそこから「べき乗」で
考えの組み合わせを増やせるんです
つまり
最初のちょっとしたきっかけで
脳を使いまくる人とそうでない人とが
分かれていくということなんです
それが顕著に現れてくるのが
30歳以降の脳だということです
「脳は使い尽くすことができる」
と気づきさえすれば
どんな年齢でも脳を使い尽くすほうに
枝分かれができます
ただ、それを認識するかしないか
知っているか知らないか
知っているつもりか
なんにでも好奇心を持って
突き詰めていこうとする人の脳は活発に働いてくれます
世の中は
驚きと感動に満ちている
記憶力を無くしていくということ
それは
感動を忘れていくことに他ありません
今日も読んでいただいてありがとうございました
2009年06月28日
運命の出会い
今日もいい天気になりました
昨日は元ミュゼスタッフの送別会を
北新地の焼肉屋さん『虎龍(こたつ)』にてさせてもらいました
スタッフとして お客さんとして
ひとつのお店を通し
その出会い方は様々ですが
今はみんな仲間として
新しい場所に旅立つ仲間の門出をちゃんと見送ってあげられることが
とても嬉しく
やっぱり仲間っていいなぁとしみじみと感動しました
運命は誰と出会ったかで決まるといいます
では出会いは何で決まるのでしょうか
ぼくはその人の「人格」だと思います
誰に出会うか
どんな人と巡り会うかは
その人の人格にふさわしい出会いしか生まれない
男と女
親と子
上司と部下
友人関係
師弟関係
いろいろありますが
どの組み合わせも
その人の人格にふさわしい出会いであり
人脈であるのではないでしょうか
出会いを豊かにしたい
そう思ったら
それにふさわしい自分になる
そのためには
「人間としての力」というものを
もっともっと養うことが必要なんですね
こんなお話しがあります
木曽路のとある漆器店
陳列棚に二つの汁椀が並べられていました
一つは一客九百円
もう一つは一客九千円
素人目には
どこにそれほどの値段の差があるのか
はっきりとはわかりません
なんでだろうと思っていると
「お客様、どちらのお椀もお値段は一緒でございます」
と店の主が言葉を添えました
九百円と九千円が同じ値段?
ますます困惑していると
主はさらにこう続けました
「こちらの九百円の椀汁は
およそ千回の使用に耐えられます
毎日朝食にお使いいただいたとして
ほぼ三年弱でございますね」
「一方、九千円の汁椀は素地も上等ですし
布着せも本堅地ものでございますから
およそ一万回、ご使用になられます
毎日夕食にお使いいただいたとして
三十年は持ちましょう」
「九百円の汁椀が三年
九千円の汁椀が三十年
つまり一回のご使用量はどちらも一円弱でございます
お値段は同じと申し上げましたのは
そういう理由からでございます」
なるほどと納得したつもりで
二つの汁椀を買い求め
毎日、朝夕に使い分け
三年近くの月日がたちました
店主の言葉どおり
九百円の汁椀は三年近く使っているうちに
塗りが剥げ
ヒビらしいものが入り
かなり傷みが目立つようになりました
かたや
九千円の汁椀のほうはといえば
使えば使うほどに光沢に磨きがかかり
重厚美さえ帯びてきました
話しの核心はここからです
塗りの剥げかけた九百円の汁椀には
縁がちょこっと欠けた茶碗でも
先がちびっと割れた箸でも
「まあいいか」
と、さほど気になりません
箸置きなんて、むしろ邪魔なくらいです
ところが
光沢と重厚美を増した九千円の汁椀となると
どうでしょうか
その価値に見合った茶碗なり箸なり用意したくなるのが
人情というものではないでしょうか
汁椀にふさわしい茶碗、お箸、箸置き…
食卓全体を汁椀の価値に負けないくらい
グレードアップさせたいと思うようになります
人と人の出会いにも
これらの汁椀と同じことが言えるのではないでしょうか
人格にふさわしい出会いしか生まれないのならば
自分の価値に見合った出会いしかないのであれば
自分自身を高める
そのことでしか
素晴らしい出会いも生まれてこないのではないでしょうか
新しい出会い
より豊かな出会いで
運命を彩りたいのなら
自分の可能性を信じ
仲間の可能性を信じ
ぜひ九千円の汁椀になってやりましょう!
今日も読んでいただいてありがとうございました
それにしてもお肉美味しかったなぁ…
昨日は元ミュゼスタッフの送別会を
北新地の焼肉屋さん『虎龍(こたつ)』にてさせてもらいました
スタッフとして お客さんとして
ひとつのお店を通し
その出会い方は様々ですが
今はみんな仲間として
新しい場所に旅立つ仲間の門出をちゃんと見送ってあげられることが
とても嬉しく
やっぱり仲間っていいなぁとしみじみと感動しました
運命は誰と出会ったかで決まるといいます
では出会いは何で決まるのでしょうか
ぼくはその人の「人格」だと思います
誰に出会うか
どんな人と巡り会うかは
その人の人格にふさわしい出会いしか生まれない
男と女
親と子
上司と部下
友人関係
師弟関係
いろいろありますが
どの組み合わせも
その人の人格にふさわしい出会いであり
人脈であるのではないでしょうか
出会いを豊かにしたい
そう思ったら
それにふさわしい自分になる
そのためには
「人間としての力」というものを
もっともっと養うことが必要なんですね
こんなお話しがあります
木曽路のとある漆器店
陳列棚に二つの汁椀が並べられていました
一つは一客九百円
もう一つは一客九千円
素人目には
どこにそれほどの値段の差があるのか
はっきりとはわかりません
なんでだろうと思っていると
「お客様、どちらのお椀もお値段は一緒でございます」
と店の主が言葉を添えました
九百円と九千円が同じ値段?
ますます困惑していると
主はさらにこう続けました
「こちらの九百円の椀汁は
およそ千回の使用に耐えられます
毎日朝食にお使いいただいたとして
ほぼ三年弱でございますね」
「一方、九千円の汁椀は素地も上等ですし
布着せも本堅地ものでございますから
およそ一万回、ご使用になられます
毎日夕食にお使いいただいたとして
三十年は持ちましょう」
「九百円の汁椀が三年
九千円の汁椀が三十年
つまり一回のご使用量はどちらも一円弱でございます
お値段は同じと申し上げましたのは
そういう理由からでございます」
なるほどと納得したつもりで
二つの汁椀を買い求め
毎日、朝夕に使い分け
三年近くの月日がたちました
店主の言葉どおり
九百円の汁椀は三年近く使っているうちに
塗りが剥げ
ヒビらしいものが入り
かなり傷みが目立つようになりました
かたや
九千円の汁椀のほうはといえば
使えば使うほどに光沢に磨きがかかり
重厚美さえ帯びてきました
話しの核心はここからです
塗りの剥げかけた九百円の汁椀には
縁がちょこっと欠けた茶碗でも
先がちびっと割れた箸でも
「まあいいか」
と、さほど気になりません
箸置きなんて、むしろ邪魔なくらいです
ところが
光沢と重厚美を増した九千円の汁椀となると
どうでしょうか
その価値に見合った茶碗なり箸なり用意したくなるのが
人情というものではないでしょうか
汁椀にふさわしい茶碗、お箸、箸置き…
食卓全体を汁椀の価値に負けないくらい
グレードアップさせたいと思うようになります
人と人の出会いにも
これらの汁椀と同じことが言えるのではないでしょうか
人格にふさわしい出会いしか生まれないのならば
自分の価値に見合った出会いしかないのであれば
自分自身を高める
そのことでしか
素晴らしい出会いも生まれてこないのではないでしょうか
新しい出会い
より豊かな出会いで
運命を彩りたいのなら
自分の可能性を信じ
仲間の可能性を信じ
ぜひ九千円の汁椀になってやりましょう!
今日も読んでいただいてありがとうございました
それにしてもお肉美味しかったなぁ…
2009年06月26日
都合のいい文体
最近読んでとても面白いと思っているのが
福沢諭吉の『学問のすすめ』
椎名林檎の『三文ゴシップ』聴きながら『学問のすすめ』を読む
最高なんです この組み合わせ
…………
『学問のすすめ』
タイトルは知っている、作者も知っている
冒頭の「天は人の上に人を造らず…」は
「吾輩は猫である 名前はまだ無い…」ぐらい
有名なフレーズですが
内容となると全く知らない
いや知ろうとしてなかったのかな
知ってますか?
福沢諭吉がなにゆえにお札の表紙を飾るほどの人物になったのか
日本人が読んだ本の歴代No1らしいんですが
しかし今の時代あなたのまわりにどれくらい
『学問のすすめ』を読んだ人がいますか?
僕の歩んできた世界では
この本を薦めてはくれる人は誰もいなかったです
だからこそ
この本をまだ薦められたことがないあなたに
僕から勝手にお薦めさせていただきます
なぜ人は学ぶのか?
いや学ばないといけないのか
その大切さを福沢諭吉はこの本の中で声高らかに語っています
繰り返し繰り返し「大きく生きる」ことを求めている
『学問のすすめ』の「学問」とは単に真面目に勉強するだけではなく
ひとつの決意
ある種の「心の革命」を指しています
今の世の中に当てはめても
書いてあることはなにひとつ色褪せていない
不況だ不況だと叫ぶ前に
自分の人生を本気で生きるための努力をしているのか
と現代の僕たちにも問いかけてきます
これを読むとかなり本気にさせられます!
一万円札が前より愛しくなりますよ…
今日はもうひとつ
雑誌『フォーサイト』の記事に対するレヴューを
1年間このブログで書くことになりました
『フォーサイト』は
国際情報から日本の政治・経済、社会現象に至るまでを
その斬新な切り口と視点で深く潜りこんで紹介してくれる雑誌です
同じ時代の同じ世界に生きながら
あまりにも自分は知らないことが多すぎる
もっと広い世界を深く知りたい
そう思っていたとき
『フォーサイト』のホームページで募集していたのが
『自分のブログで『フォーサイト』の記事に関するレビューを紹介する』
という企画で
このたび運良くそれに当選しました
新聞やニュースでは表層的すぎてわからない真実を
わかりやすく紹介しながら
自分も勉強していきたいと思っています
いやぁ『フォーサイト』の関係者の人が
このブログをこれからチェックしてくれるなんて…
ラッキーです
運は努力で引き寄せるもの
まさにその通りですね!
今日は本の紹介ばかりになりましたが
読んでいただいてありがとうございました
福沢諭吉の『学問のすすめ』
椎名林檎の『三文ゴシップ』聴きながら『学問のすすめ』を読む
最高なんです この組み合わせ
…………
『学問のすすめ』
タイトルは知っている、作者も知っている
冒頭の「天は人の上に人を造らず…」は
「吾輩は猫である 名前はまだ無い…」ぐらい
有名なフレーズですが
内容となると全く知らない
いや知ろうとしてなかったのかな
知ってますか?
福沢諭吉がなにゆえにお札の表紙を飾るほどの人物になったのか
日本人が読んだ本の歴代No1らしいんですが
しかし今の時代あなたのまわりにどれくらい
『学問のすすめ』を読んだ人がいますか?
僕の歩んできた世界では
この本を薦めてはくれる人は誰もいなかったです
だからこそ
この本をまだ薦められたことがないあなたに
僕から勝手にお薦めさせていただきます
なぜ人は学ぶのか?
いや学ばないといけないのか
その大切さを福沢諭吉はこの本の中で声高らかに語っています
繰り返し繰り返し「大きく生きる」ことを求めている
『学問のすすめ』の「学問」とは単に真面目に勉強するだけではなく
ひとつの決意
ある種の「心の革命」を指しています
今の世の中に当てはめても
書いてあることはなにひとつ色褪せていない
不況だ不況だと叫ぶ前に
自分の人生を本気で生きるための努力をしているのか
と現代の僕たちにも問いかけてきます
これを読むとかなり本気にさせられます!
一万円札が前より愛しくなりますよ…
今日はもうひとつ
雑誌『フォーサイト』の記事に対するレヴューを
1年間このブログで書くことになりました
『フォーサイト』は
国際情報から日本の政治・経済、社会現象に至るまでを
その斬新な切り口と視点で深く潜りこんで紹介してくれる雑誌です
同じ時代の同じ世界に生きながら
あまりにも自分は知らないことが多すぎる
もっと広い世界を深く知りたい
そう思っていたとき
『フォーサイト』のホームページで募集していたのが
『自分のブログで『フォーサイト』の記事に関するレビューを紹介する』
という企画で
このたび運良くそれに当選しました
新聞やニュースでは表層的すぎてわからない真実を
わかりやすく紹介しながら
自分も勉強していきたいと思っています
いやぁ『フォーサイト』の関係者の人が
このブログをこれからチェックしてくれるなんて…
ラッキーです
運は努力で引き寄せるもの
まさにその通りですね!
今日は本の紹介ばかりになりましたが
読んでいただいてありがとうございました
2009年06月25日
心に出会いを残すということ
ある高等学校の入学式が終わったあとの出来事でした
1年5組の教室
神妙な面持ちで待つ新入生の前に
ヤマアラシのような髪で体格のガッチリした先生が
名簿を片手に現れました
先生は、教壇に立って静かに一礼すると
こう話し始めました
「厳しい難関を突破し、入学された諸君、おめでとう
私はこの1年5組を担当する五井です
これから1年間、よろしく!」
「早速ですが、名簿順に名前を呼び上げます
呼ばれた人は返事をして手を挙げてください」
「それでは、トップバッターの青木くん」
「ハイ」
「穏やかないい返事だね
弱々しいからもっと元気良く返事しろと叱られたことがある?
いやいや、君の優しそうな眼差しを見たら
今の穏やかな返事が君らしいよ
先生は君の返事が好きだな
1年間その返事でよろしく頼むよ」
「さて、次は伊藤くんー」
五井先生はそれぞれの生徒に簡単なメッセージを伝えながら
1人1人の名前を呼び上げていきました
そして、名簿も後半にさしかかり
「山田太郎」
という生徒の順番がきたときでした
「太郎!」
今まで苗字で呼んでいたのが
なぜか突然、名前での呼びかけに変わりました
しかも「くん」づけなしです
教室は一瞬ざわめきました
しかし、
誰より驚いたのは当の山田太郎です
(なんだ?みんなは苗字で呼ばれていたのに
なんでオレだけ呼び捨てなんだ?)
「名前を呼ばれたら返事をして!いないのかっ、太郎っ!」
みんなが注目する中、太郎は手を挙げて返事をしました
「ハイ…」
「そうか、君が太郎か…
太郎っ、ガンバレよ!」
(なんだよ、びっくりさせるなよ ムカツクなぁ…)
名前を呼び捨てにされ、
なんとなく軽蔑されたような面白くない気持ちのまま
太郎は入学式を終えました
1学期が過ぎ、2学期が過ぎても
五井先生の「太郎呼ばわり」は変わりません
太郎はときどき反抗して返事をしなかったり
ふざけて答えたり…
が、五井先生は全く意に介するふうはありませんでした
そして迎えた3学期
木枯らし吹く朝、
登校した太郎にクラスメートが駆け寄ってきました
「お前、知ってたか?五井先生入院してるらしいぞ」
「えっ、入院?嘘だろう、信じられないよ
そういえば2学期の終わり、風邪で休んでいたけど
あの先生が病気になんかなるわけないじゃないか
だってバレー部の顧問もやってて
体力には抜群の自信を持ってる人だよ
どうせ人のこと、タロー、タローなんて呼び捨てにするから
バチが当たって、ぎっくり腰にでもなったんじゃないか?」
そんなふうにふざけた調子で話しているところへ
古文担当の正田先生が急ぎ足でやって来ました
「山田くん、五井先生からの電話でね
どうしても君に病院に来てほしいとのことなんだ」
「えっ、どうせ行ってもきっと説教でしょ
ついでのときに誰かと行くことにしますよ」
「でも、せっかく君に電話してこられたんだ
行ってあげたらどうですか」
正田先生の穏やかな語りかけに、仕方なく太郎はうなづいたのでした
その日の放課後
太郎は病院に向かいました
太郎は病室の番号を確認しながら長い廊下を歩き
2階の突き当たり奥に、五井先生の病室を見つけました
トン、トン
緊張しながら軽くノックして声をかけました
「五井先生、お待ちかねの太郎が参上しましたよ」
病室からの返事はありません
「五井先生、五井くん
名前を呼ばれたら手を挙げて返事ですよ」
耳を済ませてみましたが、病室は静まり返って
なんの応答もありません
(おかしいな…)
ドンドン、ドンドン
今度は静かな廊下に響くほど強くノックをしました
「先生、開けますよ…
入りまーす…
五井せんせっ、太郎が来ました、五井せんせっ」
わざとおどけた調子で先生の名前を節をつけ
太郎はソロリソロリと病室に入っていきました
そして、白い衝立の向こうをのぞいたとき
思わず言葉を失って立ち尽くしてしまいました
「先生…」
病室のベッドには
腕に何本もの管をつけた五井先生が横たわっていました
髪の毛はほとんど抜け落ち
やつれた顔で苦しそうに息をしているその姿は
まるで別人のようでした
太郎の存在に気づいた五井先生はわずかに目を開けると
嬉しそうに微笑み
「太郎か…よく来たな…お前に
どうしてもはなしておきたいことが…あって」
そこまで言うと五井先生はひどく咳き込みました
太郎は慌てて、手を振り
「無理して声出さないほうがいいよ!
話しなんていつでもいいだろう
オレ、学校の帰りに毎日寄るからもっと楽なときに話せばいいよ」
そんな太郎の言葉も聞こえていないかのように
五井先生は話し続けました
「…お前、高校に入ったときから…
ずっと太郎呼ばわりされて…面白くなかっただろう」
「なんだ、話しってそのことですか
そんなこと気にしてたら、治る病気も治りませんよ
そりゃあ、最初はカチンときたし、面白くなかったですよ
でも毎日そうよばれているうちに気にならなくなっちゃった
だから先生、そんなこと、もう気にしなくていいって」
五井先生は太郎の言葉に小さくうなずきながら
再び苦しそうに咳き込みました
激しく咳き込むたびに先生の肩が大きくよじれ、小刻みに震えます
しかし、五井先生は太郎が止めるのも聞かず、話しを続けるのでした
「どうして太郎と呼んだのか…
その理由をどうしても話しておきたくて…
お前、小学校6年のとき、文集に書いた作文…覚えているか」
太郎の顔から、それまでのおどけた表情が消えました
6年生のときの文集…
そこには太郎が父親のことを書いた作文が載っていたのでした
ある日の放課後、学芸会の練習をしていたとき
太郎はクラスメートと大喧嘩になりました
自分より背丈の大きな相手と組んずほぐれつ床を転がり回り
太郎はようやく相手を組み伏せました
そして、馬乗りになって拳を振り上げた瞬間
下敷きになって必死にもがいていた相手がこう叫んだのです
「やぁい、おめぇんちの父ちゃん、母ちゃん、
耳聞こえねぇだろ しゃべれねぇだろう
この前の運動会のとき、おめぇんちの父ちゃん、母ちゃん
変な声出してサルみてぇに手で踊って話してやんの
おめぇ、一度も名前呼ばれたことねぇんだろう
犬や猫だって名前呼ばれんのによぉ
これからもずっと呼ばれねぇんだぞ ザマアミロ!」
太郎はハッと息をのみ
拳を振り上げたまま体が動かなくなってしまいました
太郎は立ち上がり、校門目がけて駆け出しました
今までに感じたことのない寂しさ
言いようのない切なさに襲われながら
夕暮れどきの賑やかな商店街をひたすら走りました
ボロボロと涙をこぼし
無我夢中で家に向かいました
ガラガラガラッ
乱暴に玄関の戸を開けて踏み入れた家の中は
物音ひとつせず、シンと静まり返っています
太郎は父親の部屋に駆け込み、
ドン、ドン、ドンと足を踏み鳴らしました
机に向かっていた父は
床を伝わってくる振動でやっと後ろを振り向き
太郎の姿に気づきました
目を真っ赤にはらし、悔しそうに睨みつけている太郎
いつもと違う息子の様子に驚いて立ち上がった父親に
太郎はむしゃぶりつきました
そして泣き叫びながら父親に向かって手話を始めたのです
「ぼくの 名前 呼んで!
親なら 子どもの 名前を 呼ぶのは 当り前 なんだぞ
この前 運動会が あったよね
走ってるとき みんな 転んだだろ
転んだとき みんなは 父さんや 母さんに
名前を 呼ばれて 応援 されたんだぞ!
ぼくだって 転んだんだ…
でも ぼくの 名前は 聞こえて こなかったぞ…
父さん 名前 呼んでよ
一度で いいから ぼくの 名前 呼んで…
名前を 呼べないんなら ぼくなんか ぼくなんか
生まれなければ よかったんだよぉー!」
父親にしがみつき、その体を揺さぶりながら
太郎は声をあげて泣きました
じっと目を閉じていた父親は力いっぱい息子を抱き締め
やがて静かに体を引き離しました
そして、無言の中にも力強い息づかいを感じさせる手話で
太郎に語り始めました
「私ハ 耳ガ 聞コエナイ コトヲ 恥ズカシイト 思ッテ イナイ
神ガ 与エタ 運命ダ
名前ガ 呼バレナイカラ 寂シイ?
母サンモ 以前 ソウダッタ
キミガ 生マレタ トキ 私タチハ 本当ニ シアワセダト 思ッタ
五体満足デ 声ヲ 出シテ 泣クコトヲ 知ッタトキ
本当ニ ウレシカッタ
君ハ 体ヲ フルワセテ 泣イテイタ
ナンドモ ナンドモ ヨク泣イタ
シカシ ソノ泣キ声ハ 私タチニハ 聞コエナカッタ
母サンハ 一度デ イイカラ キミノ 泣キ声ガ 聞キタイト
キミノ 唇ニ 聞コエナイ 耳ヲ 押シ当テタ
(ワガ子ノ 声ガ 聞キタイ! コノ子ノ 声ヲ 聞カセテ!)
ト ナンド 願ッタ コトカ
シカシ 母サンハ 悲シソウナ 顔ヲシテ
首ヲ 左右ニ 振ル ダケダッタ
私ニハ 聞コエナイガ
オソラク 母サンハ 声ヲ アゲテ 泣イテイタト 思ウ」
太郎は初めて父親の涙を見ました
父の心の底からほとばしり出るような手話を
まばたきもせずに見つめました
「デモ 今ハ 違ウ
私モ 母サンモ 耳ノ聞コエナイ 人間トシテ
最高ノ 生キ方ヲ シテイコウト 約束シテイル
キミモ ソウシテ 欲シイ!
耳ノ 聞コエナイ 両親カラ 生マレタ 子ドモ トシテ…
ソウシテクレ
コレハ 私ト 母サン 二人ノ 願イデス」
このときの父親の言葉を太郎は作文に書きました
実は五井先生の子どもは太郎の小学校時代の同級生でした
五井先生は子どもが持ち帰った文集を読んでいて
たまたま太郎の作文を目にし
(耳の聞こえない親子にはこういう葛藤もあるのか…)
と深い感慨を覚えたといいます
それから3年の月日が流れ
五井先生は新しく自分が担当するクラスに
山田太郎の名前を見つけました
(山田太郎…どこかできいたような…)
記憶をたぐり寄せるように内申書をめくると
「両親ともに言語聴覚障害一種二級」と書かれてありました
(ああ…あのときの作文の子だ…)
「お前の担任になると知ったときから…私は…
お前の名前を呼ぶときは…」
つらそうに咳き込みながら
五井先生は振り絞るような声で話しました
「こんなとき、お前の父さんだったら…どう呼ぶかな…そう考えながら
『太郎、たろう、タロー』と呼び続けてきたんだ
…理由も話さず…悪かったな…太郎」
頭を激しく振りながら、太郎の口から嗚咽が漏れました
奥歯を力いっぱい食いしばっても
とめどなく涙が頬を伝ってきます
「先生…この前、バスに乗って社会見学行っただろう
あのとき、出発前に腕時計を指で差しながら
『太郎、時間だぞっ、太郎っ』って呼んだよな
オレ、あのとき…うれしかったんだ…
親父に呼ばれてるみたいで…本当にうれしかった…」
うつむきながら肩を震わせている太郎のそばで
すっかりやせ細った五井先生は
じっと太郎を見つめながら何度もうなずきました
「先生、病気なんか早く治しちまえよ
絶対に治すんだぞ
そして、オレのことずっと太郎と呼んでくれよ
オレのこと、太郎って呼べるのは先生だけなんだ!」
太郎は毛布の端を握り締め、懇願するように言いました
「何にも知らなかったから…ふざけて返事したりして…
先生、元気になってください!
必ず元気になって
僕のことずっと太郎と呼んでください…
お願いします
お願いします!」
深々と頭を下げる太郎に
五井先生は弱々しく微笑んで右手をゆっくり差し出し
太郎の手を握りました
五井先生の手は、太郎には小さく冷たく感じられました
「先生っ、病気になんか負けたら承知しないぞ
絶対に承知しないからな!」
五井先生は太郎に体を預けたまま
一語一語いとおしそうにつぶやきました
「太郎、ありがとう…た・ろ・う」
それから4日間、意識不明の状態が続き
五井先生は亡くなられました
しかし、五井先生の限りないやさしさは
今も太郎の心の中に生きています
自分が地球上に生まれてきた意義ってなんやろう
自分の満足する喜びってなんやろう
そんなこと考えたことありますか?
人間にとって最高の喜び
それは自分が他の人の役に立つことができる
自分の存在が他の人の喜びにつながるということを知ること
人は一人では生きていけへんから
感謝することで誰かとつながり
その誰かに助けられ、支えられることになる
最近とくに感じるのは
多くの本を読み、色々な人に出会い
様々な価値観、考えを知り学んでいくと
今までに開いたことのないような引き出しが
バンバンバンバン開かれていって
自分中での価値の優先順位がどんどん変わっていくこと
そしたら「社会」や「他人」に対する感謝の深さも
今までと全然違ってきた
生きてきて最後に残すものは
「どれだけ集めたか」やなく
「どれだけ与えたか」や思う
生きた証を歴史に残すような
「大きく生きる」生き方を
多くの人が願うような社会になったら
一人でも多くの人の笑顔を生み出すことができるんちゃうやろか
今までの自分の経験や知恵を惜しみなく使って
いっぱいみんなと幸せを分かち合えるようなブログであれるよう
願晴ります
今日も長文でしたが最後まで読んでいただいてありがとうございました
1年5組の教室
神妙な面持ちで待つ新入生の前に
ヤマアラシのような髪で体格のガッチリした先生が
名簿を片手に現れました
先生は、教壇に立って静かに一礼すると
こう話し始めました
「厳しい難関を突破し、入学された諸君、おめでとう
私はこの1年5組を担当する五井です
これから1年間、よろしく!」
「早速ですが、名簿順に名前を呼び上げます
呼ばれた人は返事をして手を挙げてください」
「それでは、トップバッターの青木くん」
「ハイ」
「穏やかないい返事だね
弱々しいからもっと元気良く返事しろと叱られたことがある?
いやいや、君の優しそうな眼差しを見たら
今の穏やかな返事が君らしいよ
先生は君の返事が好きだな
1年間その返事でよろしく頼むよ」
「さて、次は伊藤くんー」
五井先生はそれぞれの生徒に簡単なメッセージを伝えながら
1人1人の名前を呼び上げていきました
そして、名簿も後半にさしかかり
「山田太郎」
という生徒の順番がきたときでした
「太郎!」
今まで苗字で呼んでいたのが
なぜか突然、名前での呼びかけに変わりました
しかも「くん」づけなしです
教室は一瞬ざわめきました
しかし、
誰より驚いたのは当の山田太郎です
(なんだ?みんなは苗字で呼ばれていたのに
なんでオレだけ呼び捨てなんだ?)
「名前を呼ばれたら返事をして!いないのかっ、太郎っ!」
みんなが注目する中、太郎は手を挙げて返事をしました
「ハイ…」
「そうか、君が太郎か…
太郎っ、ガンバレよ!」
(なんだよ、びっくりさせるなよ ムカツクなぁ…)
名前を呼び捨てにされ、
なんとなく軽蔑されたような面白くない気持ちのまま
太郎は入学式を終えました
1学期が過ぎ、2学期が過ぎても
五井先生の「太郎呼ばわり」は変わりません
太郎はときどき反抗して返事をしなかったり
ふざけて答えたり…
が、五井先生は全く意に介するふうはありませんでした
そして迎えた3学期
木枯らし吹く朝、
登校した太郎にクラスメートが駆け寄ってきました
「お前、知ってたか?五井先生入院してるらしいぞ」
「えっ、入院?嘘だろう、信じられないよ
そういえば2学期の終わり、風邪で休んでいたけど
あの先生が病気になんかなるわけないじゃないか
だってバレー部の顧問もやってて
体力には抜群の自信を持ってる人だよ
どうせ人のこと、タロー、タローなんて呼び捨てにするから
バチが当たって、ぎっくり腰にでもなったんじゃないか?」
そんなふうにふざけた調子で話しているところへ
古文担当の正田先生が急ぎ足でやって来ました
「山田くん、五井先生からの電話でね
どうしても君に病院に来てほしいとのことなんだ」
「えっ、どうせ行ってもきっと説教でしょ
ついでのときに誰かと行くことにしますよ」
「でも、せっかく君に電話してこられたんだ
行ってあげたらどうですか」
正田先生の穏やかな語りかけに、仕方なく太郎はうなづいたのでした
その日の放課後
太郎は病院に向かいました
太郎は病室の番号を確認しながら長い廊下を歩き
2階の突き当たり奥に、五井先生の病室を見つけました
トン、トン
緊張しながら軽くノックして声をかけました
「五井先生、お待ちかねの太郎が参上しましたよ」
病室からの返事はありません
「五井先生、五井くん
名前を呼ばれたら手を挙げて返事ですよ」
耳を済ませてみましたが、病室は静まり返って
なんの応答もありません
(おかしいな…)
ドンドン、ドンドン
今度は静かな廊下に響くほど強くノックをしました
「先生、開けますよ…
入りまーす…
五井せんせっ、太郎が来ました、五井せんせっ」
わざとおどけた調子で先生の名前を節をつけ
太郎はソロリソロリと病室に入っていきました
そして、白い衝立の向こうをのぞいたとき
思わず言葉を失って立ち尽くしてしまいました
「先生…」
病室のベッドには
腕に何本もの管をつけた五井先生が横たわっていました
髪の毛はほとんど抜け落ち
やつれた顔で苦しそうに息をしているその姿は
まるで別人のようでした
太郎の存在に気づいた五井先生はわずかに目を開けると
嬉しそうに微笑み
「太郎か…よく来たな…お前に
どうしてもはなしておきたいことが…あって」
そこまで言うと五井先生はひどく咳き込みました
太郎は慌てて、手を振り
「無理して声出さないほうがいいよ!
話しなんていつでもいいだろう
オレ、学校の帰りに毎日寄るからもっと楽なときに話せばいいよ」
そんな太郎の言葉も聞こえていないかのように
五井先生は話し続けました
「…お前、高校に入ったときから…
ずっと太郎呼ばわりされて…面白くなかっただろう」
「なんだ、話しってそのことですか
そんなこと気にしてたら、治る病気も治りませんよ
そりゃあ、最初はカチンときたし、面白くなかったですよ
でも毎日そうよばれているうちに気にならなくなっちゃった
だから先生、そんなこと、もう気にしなくていいって」
五井先生は太郎の言葉に小さくうなずきながら
再び苦しそうに咳き込みました
激しく咳き込むたびに先生の肩が大きくよじれ、小刻みに震えます
しかし、五井先生は太郎が止めるのも聞かず、話しを続けるのでした
「どうして太郎と呼んだのか…
その理由をどうしても話しておきたくて…
お前、小学校6年のとき、文集に書いた作文…覚えているか」
太郎の顔から、それまでのおどけた表情が消えました
6年生のときの文集…
そこには太郎が父親のことを書いた作文が載っていたのでした
ある日の放課後、学芸会の練習をしていたとき
太郎はクラスメートと大喧嘩になりました
自分より背丈の大きな相手と組んずほぐれつ床を転がり回り
太郎はようやく相手を組み伏せました
そして、馬乗りになって拳を振り上げた瞬間
下敷きになって必死にもがいていた相手がこう叫んだのです
「やぁい、おめぇんちの父ちゃん、母ちゃん、
耳聞こえねぇだろ しゃべれねぇだろう
この前の運動会のとき、おめぇんちの父ちゃん、母ちゃん
変な声出してサルみてぇに手で踊って話してやんの
おめぇ、一度も名前呼ばれたことねぇんだろう
犬や猫だって名前呼ばれんのによぉ
これからもずっと呼ばれねぇんだぞ ザマアミロ!」
太郎はハッと息をのみ
拳を振り上げたまま体が動かなくなってしまいました
太郎は立ち上がり、校門目がけて駆け出しました
今までに感じたことのない寂しさ
言いようのない切なさに襲われながら
夕暮れどきの賑やかな商店街をひたすら走りました
ボロボロと涙をこぼし
無我夢中で家に向かいました
ガラガラガラッ
乱暴に玄関の戸を開けて踏み入れた家の中は
物音ひとつせず、シンと静まり返っています
太郎は父親の部屋に駆け込み、
ドン、ドン、ドンと足を踏み鳴らしました
机に向かっていた父は
床を伝わってくる振動でやっと後ろを振り向き
太郎の姿に気づきました
目を真っ赤にはらし、悔しそうに睨みつけている太郎
いつもと違う息子の様子に驚いて立ち上がった父親に
太郎はむしゃぶりつきました
そして泣き叫びながら父親に向かって手話を始めたのです
「ぼくの 名前 呼んで!
親なら 子どもの 名前を 呼ぶのは 当り前 なんだぞ
この前 運動会が あったよね
走ってるとき みんな 転んだだろ
転んだとき みんなは 父さんや 母さんに
名前を 呼ばれて 応援 されたんだぞ!
ぼくだって 転んだんだ…
でも ぼくの 名前は 聞こえて こなかったぞ…
父さん 名前 呼んでよ
一度で いいから ぼくの 名前 呼んで…
名前を 呼べないんなら ぼくなんか ぼくなんか
生まれなければ よかったんだよぉー!」
父親にしがみつき、その体を揺さぶりながら
太郎は声をあげて泣きました
じっと目を閉じていた父親は力いっぱい息子を抱き締め
やがて静かに体を引き離しました
そして、無言の中にも力強い息づかいを感じさせる手話で
太郎に語り始めました
「私ハ 耳ガ 聞コエナイ コトヲ 恥ズカシイト 思ッテ イナイ
神ガ 与エタ 運命ダ
名前ガ 呼バレナイカラ 寂シイ?
母サンモ 以前 ソウダッタ
キミガ 生マレタ トキ 私タチハ 本当ニ シアワセダト 思ッタ
五体満足デ 声ヲ 出シテ 泣クコトヲ 知ッタトキ
本当ニ ウレシカッタ
君ハ 体ヲ フルワセテ 泣イテイタ
ナンドモ ナンドモ ヨク泣イタ
シカシ ソノ泣キ声ハ 私タチニハ 聞コエナカッタ
母サンハ 一度デ イイカラ キミノ 泣キ声ガ 聞キタイト
キミノ 唇ニ 聞コエナイ 耳ヲ 押シ当テタ
(ワガ子ノ 声ガ 聞キタイ! コノ子ノ 声ヲ 聞カセテ!)
ト ナンド 願ッタ コトカ
シカシ 母サンハ 悲シソウナ 顔ヲシテ
首ヲ 左右ニ 振ル ダケダッタ
私ニハ 聞コエナイガ
オソラク 母サンハ 声ヲ アゲテ 泣イテイタト 思ウ」
太郎は初めて父親の涙を見ました
父の心の底からほとばしり出るような手話を
まばたきもせずに見つめました
「デモ 今ハ 違ウ
私モ 母サンモ 耳ノ聞コエナイ 人間トシテ
最高ノ 生キ方ヲ シテイコウト 約束シテイル
キミモ ソウシテ 欲シイ!
耳ノ 聞コエナイ 両親カラ 生マレタ 子ドモ トシテ…
ソウシテクレ
コレハ 私ト 母サン 二人ノ 願イデス」
このときの父親の言葉を太郎は作文に書きました
実は五井先生の子どもは太郎の小学校時代の同級生でした
五井先生は子どもが持ち帰った文集を読んでいて
たまたま太郎の作文を目にし
(耳の聞こえない親子にはこういう葛藤もあるのか…)
と深い感慨を覚えたといいます
それから3年の月日が流れ
五井先生は新しく自分が担当するクラスに
山田太郎の名前を見つけました
(山田太郎…どこかできいたような…)
記憶をたぐり寄せるように内申書をめくると
「両親ともに言語聴覚障害一種二級」と書かれてありました
(ああ…あのときの作文の子だ…)
「お前の担任になると知ったときから…私は…
お前の名前を呼ぶときは…」
つらそうに咳き込みながら
五井先生は振り絞るような声で話しました
「こんなとき、お前の父さんだったら…どう呼ぶかな…そう考えながら
『太郎、たろう、タロー』と呼び続けてきたんだ
…理由も話さず…悪かったな…太郎」
頭を激しく振りながら、太郎の口から嗚咽が漏れました
奥歯を力いっぱい食いしばっても
とめどなく涙が頬を伝ってきます
「先生…この前、バスに乗って社会見学行っただろう
あのとき、出発前に腕時計を指で差しながら
『太郎、時間だぞっ、太郎っ』って呼んだよな
オレ、あのとき…うれしかったんだ…
親父に呼ばれてるみたいで…本当にうれしかった…」
うつむきながら肩を震わせている太郎のそばで
すっかりやせ細った五井先生は
じっと太郎を見つめながら何度もうなずきました
「先生、病気なんか早く治しちまえよ
絶対に治すんだぞ
そして、オレのことずっと太郎と呼んでくれよ
オレのこと、太郎って呼べるのは先生だけなんだ!」
太郎は毛布の端を握り締め、懇願するように言いました
「何にも知らなかったから…ふざけて返事したりして…
先生、元気になってください!
必ず元気になって
僕のことずっと太郎と呼んでください…
お願いします
お願いします!」
深々と頭を下げる太郎に
五井先生は弱々しく微笑んで右手をゆっくり差し出し
太郎の手を握りました
五井先生の手は、太郎には小さく冷たく感じられました
「先生っ、病気になんか負けたら承知しないぞ
絶対に承知しないからな!」
五井先生は太郎に体を預けたまま
一語一語いとおしそうにつぶやきました
「太郎、ありがとう…た・ろ・う」
それから4日間、意識不明の状態が続き
五井先生は亡くなられました
しかし、五井先生の限りないやさしさは
今も太郎の心の中に生きています
自分が地球上に生まれてきた意義ってなんやろう
自分の満足する喜びってなんやろう
そんなこと考えたことありますか?
人間にとって最高の喜び
それは自分が他の人の役に立つことができる
自分の存在が他の人の喜びにつながるということを知ること
人は一人では生きていけへんから
感謝することで誰かとつながり
その誰かに助けられ、支えられることになる
最近とくに感じるのは
多くの本を読み、色々な人に出会い
様々な価値観、考えを知り学んでいくと
今までに開いたことのないような引き出しが
バンバンバンバン開かれていって
自分中での価値の優先順位がどんどん変わっていくこと
そしたら「社会」や「他人」に対する感謝の深さも
今までと全然違ってきた
生きてきて最後に残すものは
「どれだけ集めたか」やなく
「どれだけ与えたか」や思う
生きた証を歴史に残すような
「大きく生きる」生き方を
多くの人が願うような社会になったら
一人でも多くの人の笑顔を生み出すことができるんちゃうやろか
今までの自分の経験や知恵を惜しみなく使って
いっぱいみんなと幸せを分かち合えるようなブログであれるよう
願晴ります
今日も長文でしたが最後まで読んでいただいてありがとうございました
2009年06月24日
強く愛せ
読者からのハガキに
岡本太郎が答えるという人生相談
「岡本先生、ぼくは大学受験に失敗し
初めて浪人という灰色の生活を余儀なくされている若者です。
ですが勉強勉強の抑圧された毎日の反動として
つい目がいってしまうのは女の子です。
フィットしたセーターから、こんもり盛り上がる胸をした
女の子をみるとそれがチラチラと目の前をかすめ
勉強もおちおち手につきません。
どうしたら女のことなど考えずに勉強に打ち込むことができるか、
その方法を教えてチョーライ」
(東京都Y夫19才学生)
これに対して巨匠・岡本太郎はどう受けてたったか。
これは名言やで
「受験も女も両方あきらめた方がいいんじゃないか」
僕は正直太陽の塔くらいしか岡本太郎を知らんかった人やけど
これ見てからこの人が大好きになった
アツい男やねん この人
やから
悩むくらいならどっちもとるな
いや どっちもとれなくてどーすんねん
おまえが本気の気迫で望めばどっちもとれるやろ
そんな熱くこみ上げてくるような言葉の魂がビシビシ伝わってきた
彼には好きな名言がいっぱいある
「逃げない、はればれと立ち向かう、
それがぼくのモットーだ」
「本当にすばらしい女性というのは、
目ではなく、
心に触れてくるものなんだ」
「愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。
そんな男は女を愛する資格はない」
「自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。
なければなおいい、
今まで世の中で能力とか才能なんて思われていたものを越えた、
決意の凄みを見せてやる
というつもりで、やればいいんだよ」
繊細でいて凄みのある
志を持った愛すべき言葉たち
彼を語るうえでもういっこかっこええエピソードがあんねん
これはパリ大学の試験での話
岡本太郎はサボって勉強せえへんかったこともあって
あの人でさえ
試験の当日ものすごい不安に駆られたそうやねん
この日はいくら落ち着こう思ても
不安感がどんどん増していったらしい
そんななか、パリ大学のそばまできたとき
岡本太郎の前に浮浪者が立ち止まって
物乞いをしたんやて
これはなんのサインだ?
何を意味する?
岡本さんは咄嗟にそう思ったんやて
「憐れみを与えればその善行が自分に帰ってくる」
そんな風に昔から言われてる
ここは1フランぐらい恵んであげることで
運命の神様に愛されるのではなかろうか
「普段の状態だったならば
僕はここで間違いなく1フラン与えていただろう」
と彼は言う。
しかし、この時の彼は
試験に対する不安の中におった。
ビビっとった。
「ビビっているときこそ、運命の神様と戦うべきなんじゃないか」
「僕はこの時、困っているこの浮浪者に
1フランとてやりはしないと挑戦したんだ。
運命の神様に傲然と胸をはって
『おもしろいじゃないか』と挑戦してみたんだ」
その結果
運命の神に挑戦すると気迫を込めたら
スーッと不安な気持ちが落ち着いてきて
試験もスラスラできたんやて
かっこええなぁ
「勝ち負け」にこだわるより
「生き方」にこだわる
人の価値を決めるのは
勝ち負けよりも
生きる姿
困難に敢えて立ち向かっていく姿に
岡本太郎が
いまでも人々の心を奪ってやまないヒミツがあるんやろうね
強く自分を信じ自分を愛そう
今日も読んでいただいてありがとうございました
岡本太郎が答えるという人生相談
「岡本先生、ぼくは大学受験に失敗し
初めて浪人という灰色の生活を余儀なくされている若者です。
ですが勉強勉強の抑圧された毎日の反動として
つい目がいってしまうのは女の子です。
フィットしたセーターから、こんもり盛り上がる胸をした
女の子をみるとそれがチラチラと目の前をかすめ
勉強もおちおち手につきません。
どうしたら女のことなど考えずに勉強に打ち込むことができるか、
その方法を教えてチョーライ」
(東京都Y夫19才学生)
これに対して巨匠・岡本太郎はどう受けてたったか。
これは名言やで
「受験も女も両方あきらめた方がいいんじゃないか」
僕は正直太陽の塔くらいしか岡本太郎を知らんかった人やけど
これ見てからこの人が大好きになった
アツい男やねん この人
やから
悩むくらいならどっちもとるな
いや どっちもとれなくてどーすんねん
おまえが本気の気迫で望めばどっちもとれるやろ
そんな熱くこみ上げてくるような言葉の魂がビシビシ伝わってきた
彼には好きな名言がいっぱいある
「逃げない、はればれと立ち向かう、
それがぼくのモットーだ」
「本当にすばらしい女性というのは、
目ではなく、
心に触れてくるものなんだ」
「愛の前で自分の損得を考えること自体ナンセンスだ。
そんな男は女を愛する資格はない」
「自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。
なければなおいい、
今まで世の中で能力とか才能なんて思われていたものを越えた、
決意の凄みを見せてやる
というつもりで、やればいいんだよ」
繊細でいて凄みのある
志を持った愛すべき言葉たち
彼を語るうえでもういっこかっこええエピソードがあんねん
これはパリ大学の試験での話
岡本太郎はサボって勉強せえへんかったこともあって
あの人でさえ
試験の当日ものすごい不安に駆られたそうやねん
この日はいくら落ち着こう思ても
不安感がどんどん増していったらしい
そんななか、パリ大学のそばまできたとき
岡本太郎の前に浮浪者が立ち止まって
物乞いをしたんやて
これはなんのサインだ?
何を意味する?
岡本さんは咄嗟にそう思ったんやて
「憐れみを与えればその善行が自分に帰ってくる」
そんな風に昔から言われてる
ここは1フランぐらい恵んであげることで
運命の神様に愛されるのではなかろうか
「普段の状態だったならば
僕はここで間違いなく1フラン与えていただろう」
と彼は言う。
しかし、この時の彼は
試験に対する不安の中におった。
ビビっとった。
「ビビっているときこそ、運命の神様と戦うべきなんじゃないか」
「僕はこの時、困っているこの浮浪者に
1フランとてやりはしないと挑戦したんだ。
運命の神様に傲然と胸をはって
『おもしろいじゃないか』と挑戦してみたんだ」
その結果
運命の神に挑戦すると気迫を込めたら
スーッと不安な気持ちが落ち着いてきて
試験もスラスラできたんやて
かっこええなぁ
「勝ち負け」にこだわるより
「生き方」にこだわる
人の価値を決めるのは
勝ち負けよりも
生きる姿
困難に敢えて立ち向かっていく姿に
岡本太郎が
いまでも人々の心を奪ってやまないヒミツがあるんやろうね
強く自分を信じ自分を愛そう
今日も読んでいただいてありがとうございました
2009年06月23日
ミッフィーとヨッシーの大冒険
この夏、日本を代表する名作が
ハリウッドで熱い旋風を巻き起こす!!
そう、日本人なら誰もが知ってる
あのウルトラミラクルスープァーな名作が
決戦の地をニューヨークに変え
ついに新たな伝説がここに誕生する
その名も
『ロジャーラビット VS ミュータントタートルズ』!!
カミング スゥーン
前置きが長なりましたが
今日は『ウサギ VS カメ ……その後』を
お送りするで
『ウサギとカメ』のおとぎ話ってもちろん知ってるやん
ウサギが昼寝してる間にカメが追い越して勝ついう話
両親から聞いたり、学校の先生から教えてもろたりして
みんなそれぞれに解釈があるんちゃうかな
ウサギは油断してたから負けたんやとか
カメは地道に頑張ってたから勝ったんやとか
まぁそれに正解はないんやろうけどな
あいつらもあいつらなりに
レースしていろいろ考えたり反省しよったんちゃうかな
これはな その後のものがたりや……
ウ「で!! やってもたー 寝過ぎたじゃねぇかー!!」
「おれはあんな爆音でエアロスミスを聴きながら
うっかり寝すぎちまうなんて
なんてケアレスミスを しちまったんだぁぁ!」
「だめだぁ… これでかみさんのパーマネント代もおじゃんじゃん」
パーマネントって… てかカネかけてたのかよ オイ!!(三村風で)
「そうだ 自分のスピードを過信してた おれがあほやったさかい
悪いんやぁ 浪速節だな 人生は」
「世界中のやつらが今週のおれをあざけり笑ってるのが聞こえるぜ」
「……いやまてよ」
「過信してただけじゃぁねぇぜ」
「おれはゴールを見ず あいつばっかりを見てた」
「あいつはただひたすらゴールだけをぅ見てたじゃぁねぇーかぁ
よよい」
カ「おでぇ 勝てたなぁ」
「おでぇ 頑張ったもんなぁ」
「なぁ おでぇ かっこよかったかぁ キャサリン」
キ「いいえ 全然かっこよくなかったわ」
カ「なんで! なんでなんでなんで」
キ「あなたってなに?だいたいなんで競争なんかしたのよ?」
「あなたはあなたであればよかったのよ カーくん」
カ「おではおでかぁ?」
キ「そう あなたにはあなたのスピードがあるわ」
カ「そうかぁ! おでぇ わかったぞぉ!」
ウ「なぁ 甲羅よぉ…」
「もういっぺんおれと勝負してくんねえかぁ」
カ「でも おでぇ 競争はぁ…」
キ「あなたにはあなたのスピードがあるんでしょ」
カ「うん!そうだった いいぞ おでぇ もう一回競争するぞ!」
ウ「そうかぁ!恩にきるぜ 甲羅ぁ」
「今回のおれはスープァーに強いぜぇ」
カ「そのかわり おでの仲間連れてきていいかぁ?」
ウ「仲間だぁ?」
「おぅ 何匹まとめてかかってこようが
今のおれは誰にもとめられねぇぜ こんちくしょう」
そして『ウサギ VS カメ多数』の
セカンドマッチが始まった
「よーい ドン!」
さて 勝ったんはどっちや思う?
瞬く間にぶっちぎりのゴールをしたのは ウサギ
「どうだぁ!スーパー強えだろ!」
しかし、それから数時間
ゴールで待てども待てども カメたちが来ない
「あいつら いったいなにやってやがるんだ!」
ウサギはだんだんイライラしてきた
その時、
「お やっと きやがったな!」
カメたちは賑やかにおしゃべりしながら
途中で景色を眺めたり
弁当を食べたり
マイペースでやってきたのだ
「なんだか あいつら楽しそうじゃねえか……」
さて、勝ったのはどっちだ?
ぶっちぎりで勝ちたいヤツは勝てばええ
思いっきり道草くいたいヤツはくえばええ
どっちが勝ったか どっちが正しいかやない
あなたにとってどっちが楽しいか、や
一生懸命歩いた時間こそ
いろんなことに気づく時間
今自分はまわり道してきたなと思う人は
実は近道してきた人よりもたくさん得したのかもしれへんで
今日も長いお話に付き合っていただいてありがとうございました
また明日 ばいばい
ハリウッドで熱い旋風を巻き起こす!!
そう、日本人なら誰もが知ってる
あのウルトラミラクルスープァーな名作が
決戦の地をニューヨークに変え
ついに新たな伝説がここに誕生する
その名も
『ロジャーラビット VS ミュータントタートルズ』!!
カミング スゥーン
前置きが長なりましたが
今日は『ウサギ VS カメ ……その後』を
お送りするで
『ウサギとカメ』のおとぎ話ってもちろん知ってるやん
ウサギが昼寝してる間にカメが追い越して勝ついう話
両親から聞いたり、学校の先生から教えてもろたりして
みんなそれぞれに解釈があるんちゃうかな
ウサギは油断してたから負けたんやとか
カメは地道に頑張ってたから勝ったんやとか
まぁそれに正解はないんやろうけどな
あいつらもあいつらなりに
レースしていろいろ考えたり反省しよったんちゃうかな
これはな その後のものがたりや……
ウ「で!! やってもたー 寝過ぎたじゃねぇかー!!」
「おれはあんな爆音でエアロスミスを聴きながら
うっかり寝すぎちまうなんて
なんてケアレスミスを しちまったんだぁぁ!」
「だめだぁ… これでかみさんのパーマネント代もおじゃんじゃん」
パーマネントって… てかカネかけてたのかよ オイ!!(三村風で)
「そうだ 自分のスピードを過信してた おれがあほやったさかい
悪いんやぁ 浪速節だな 人生は」
「世界中のやつらが今週のおれをあざけり笑ってるのが聞こえるぜ」
「……いやまてよ」
「過信してただけじゃぁねぇぜ」
「おれはゴールを見ず あいつばっかりを見てた」
「あいつはただひたすらゴールだけをぅ見てたじゃぁねぇーかぁ
よよい」
カ「おでぇ 勝てたなぁ」
「おでぇ 頑張ったもんなぁ」
「なぁ おでぇ かっこよかったかぁ キャサリン」
キ「いいえ 全然かっこよくなかったわ」
カ「なんで! なんでなんでなんで」
キ「あなたってなに?だいたいなんで競争なんかしたのよ?」
「あなたはあなたであればよかったのよ カーくん」
カ「おではおでかぁ?」
キ「そう あなたにはあなたのスピードがあるわ」
カ「そうかぁ! おでぇ わかったぞぉ!」
ウ「なぁ 甲羅よぉ…」
「もういっぺんおれと勝負してくんねえかぁ」
カ「でも おでぇ 競争はぁ…」
キ「あなたにはあなたのスピードがあるんでしょ」
カ「うん!そうだった いいぞ おでぇ もう一回競争するぞ!」
ウ「そうかぁ!恩にきるぜ 甲羅ぁ」
「今回のおれはスープァーに強いぜぇ」
カ「そのかわり おでの仲間連れてきていいかぁ?」
ウ「仲間だぁ?」
「おぅ 何匹まとめてかかってこようが
今のおれは誰にもとめられねぇぜ こんちくしょう」
そして『ウサギ VS カメ多数』の
セカンドマッチが始まった
「よーい ドン!」
さて 勝ったんはどっちや思う?
瞬く間にぶっちぎりのゴールをしたのは ウサギ
「どうだぁ!スーパー強えだろ!」
しかし、それから数時間
ゴールで待てども待てども カメたちが来ない
「あいつら いったいなにやってやがるんだ!」
ウサギはだんだんイライラしてきた
その時、
「お やっと きやがったな!」
カメたちは賑やかにおしゃべりしながら
途中で景色を眺めたり
弁当を食べたり
マイペースでやってきたのだ
「なんだか あいつら楽しそうじゃねえか……」
さて、勝ったのはどっちだ?
ぶっちぎりで勝ちたいヤツは勝てばええ
思いっきり道草くいたいヤツはくえばええ
どっちが勝ったか どっちが正しいかやない
あなたにとってどっちが楽しいか、や
一生懸命歩いた時間こそ
いろんなことに気づく時間
今自分はまわり道してきたなと思う人は
実は近道してきた人よりもたくさん得したのかもしれへんで
今日も長いお話に付き合っていただいてありがとうございました
また明日 ばいばい
2009年06月22日
愛をかなえるゾウ
「人はただ自分の愛する人からだけ学ぶことができる」
これゲーテくんがよう言うとった
今日はガネーシャ風やで
………
なんか文句あるんかいな
ほなさっそく問題や
かわいいのにもてへん子おるやろ
それはなんでなんや思う?
もういっこあんで
自分ではもててる思てても付き合ったらすぐに別れてしまう子おるやろ
それはなんでなんか?
自分ちゃんと考えてるんかぁ
しゃあないな時間ないし
答え教えたろか
めっちゃ深いでこの答え
マリアナ海溝やで
………
………
まあええわ
それはな自分をちゃあんと受け入れてへんからや
そういう子はな
お父さんが嫌いとか
自分の名前が嫌やとか
自分の原点をしっかり受け入れてへん子なんや
自分さえまともに受け入れてへんのに
ましてや他人を受け入れ切れへんわな
最初は猫かぶってても
慣れてくるとそれがすべてに現れてくるからすぐにばれる
まあうまいこといっても3ヶ月やな
相手を受け入れ切れんと嫌になって別れてまうか
もしくはそんな自分を嫌いになられてふられてまうかのどっちかや
ええか
人を愛するいうことはな
愛してる時点でもの凄く人生の豊かさを学んでるんやで
たとえそれが片思いでもや
好きな人がおるいう時点でもの凄くたくさんの幸せ感があるやろ
本当に深い幸福感いうんは
愛されてるときよりも
愛しているときに感じるもんや
自分も愛せるし
他人も愛せるようになると
まさしくそこから自分自身の学びが始まるんや
相手に対してどれだけ無償の愛を出せるか
そしてもっと豊かな子はな
与えるだけやなく
心をひろげて
ありがとうと受け入れてあげることができる子や
ええな
それがわかったら今日の課題や
『幸せのハードルを下げる』
自分 小林正観くんって知ってるか 心学研究家の
ワシの教え子でもいちばんやんちゃやった子なんやけどな
「淡々と過ぎていく普通の毎日が幸せの本質である」
どういうことかわかるか?
普通が幸せの本質と気づくと
幸せのハードルがもの凄〜く下がるんで
幸せを感じることが多くなる
そうなると幸せを呼び寄せることも多くなる
自分が幸せだと感じることによって周りも幸せになる
いろいろなことに感謝できるようになると幸せの総量自体も増える
小さい幸せに気づける子いうんは
それだけまわりに感謝できる子いうことや
どや
「色々なもののありがたみをしっかりと感じて自分ができることを
どんどんやっていこう」いう気持ちになってきたやろ
………
なんでや!
10万円ぐらいの価値あったやろ!
………
もうええわ!ワシがせっかくええ話したったのに
ワシ…パチンコでも行ってくるわ
帰ったら白玉あんみつちゃんと用意しといてや
I'll be back やで
ほな
今日も読んでいただいてありがとうございました
水野敬也さんガネーシャネタですいません
またのお越しお待ちしております
これゲーテくんがよう言うとった
今日はガネーシャ風やで
………
なんか文句あるんかいな
ほなさっそく問題や
かわいいのにもてへん子おるやろ
それはなんでなんや思う?
もういっこあんで
自分ではもててる思てても付き合ったらすぐに別れてしまう子おるやろ
それはなんでなんか?
自分ちゃんと考えてるんかぁ
しゃあないな時間ないし
答え教えたろか
めっちゃ深いでこの答え
マリアナ海溝やで
………
………
まあええわ
それはな自分をちゃあんと受け入れてへんからや
そういう子はな
お父さんが嫌いとか
自分の名前が嫌やとか
自分の原点をしっかり受け入れてへん子なんや
自分さえまともに受け入れてへんのに
ましてや他人を受け入れ切れへんわな
最初は猫かぶってても
慣れてくるとそれがすべてに現れてくるからすぐにばれる
まあうまいこといっても3ヶ月やな
相手を受け入れ切れんと嫌になって別れてまうか
もしくはそんな自分を嫌いになられてふられてまうかのどっちかや
ええか
人を愛するいうことはな
愛してる時点でもの凄く人生の豊かさを学んでるんやで
たとえそれが片思いでもや
好きな人がおるいう時点でもの凄くたくさんの幸せ感があるやろ
本当に深い幸福感いうんは
愛されてるときよりも
愛しているときに感じるもんや
自分も愛せるし
他人も愛せるようになると
まさしくそこから自分自身の学びが始まるんや
相手に対してどれだけ無償の愛を出せるか
そしてもっと豊かな子はな
与えるだけやなく
心をひろげて
ありがとうと受け入れてあげることができる子や
ええな
それがわかったら今日の課題や
『幸せのハードルを下げる』
自分 小林正観くんって知ってるか 心学研究家の
ワシの教え子でもいちばんやんちゃやった子なんやけどな
「淡々と過ぎていく普通の毎日が幸せの本質である」
どういうことかわかるか?
普通が幸せの本質と気づくと
幸せのハードルがもの凄〜く下がるんで
幸せを感じることが多くなる
そうなると幸せを呼び寄せることも多くなる
自分が幸せだと感じることによって周りも幸せになる
いろいろなことに感謝できるようになると幸せの総量自体も増える
小さい幸せに気づける子いうんは
それだけまわりに感謝できる子いうことや
どや
「色々なもののありがたみをしっかりと感じて自分ができることを
どんどんやっていこう」いう気持ちになってきたやろ
………
なんでや!
10万円ぐらいの価値あったやろ!
………
もうええわ!ワシがせっかくええ話したったのに
ワシ…パチンコでも行ってくるわ
帰ったら白玉あんみつちゃんと用意しといてや
I'll be back やで
ほな
今日も読んでいただいてありがとうございました
水野敬也さんガネーシャネタですいません
またのお越しお待ちしております
2009年06月21日
STAIRS
もう一歩前へ
あと一歩上へ
果てしなく My Way
上がってく Stairway
昨日より前へ
今日よりも上へ
明日へと My Way
昇っていく Stairway
RIP SLYME の 『STAIRS』という曲の一節です
え〜なぁ、この曲、大好きです
昨日より今日
今日より明日
昨日できへんかったことを、今日できるようになるんが成長
競争は他人とするもんやなく
昨日の自分とするもん
「STAIRS」とは直訳で「階段」ていう意味なん
だれにだって、一歩めならかならず登れる
一歩目が登れたら、きっと二歩目も踏み出せる
一歩踏み出すだけで景色が変わる
同じ場所におったら気づかへんことが
違う場所に行けば気づくこともあるねん
夢があるんやったら
そこまで必ず登るんやって決めて
昨日の自分をひたすら追い越していく
夢はそこから逃げへん
逃げ出すんはいつも自信がない自分
夢がなにかわからへんのやったら
どこに向かってもええから
どこかに一歩進んでみる
そこで見えるもんが
次の道を教えてくれる
立ちふさがる壁は
いつしか新しい世界への扉に変わってる
もう一歩前へ
あと一歩上へ
それだけで新しい人生が始まる
はじめの一歩 世界とシンクロ
僕がいまできることをみんなに与えよう
暗闇を照らしてくれる仲間
登りきるまで また立ち上がれ
誰だって 足跡残す 旅はまだ始まったばかり
今日も読んでいただいてありがとうゴザイマス
晴れました…ね
自転車乗りに行こうーっと!
あと一歩上へ
果てしなく My Way
上がってく Stairway
昨日より前へ
今日よりも上へ
明日へと My Way
昇っていく Stairway
RIP SLYME の 『STAIRS』という曲の一節です
え〜なぁ、この曲、大好きです
昨日より今日
今日より明日
昨日できへんかったことを、今日できるようになるんが成長
競争は他人とするもんやなく
昨日の自分とするもん
「STAIRS」とは直訳で「階段」ていう意味なん
だれにだって、一歩めならかならず登れる
一歩目が登れたら、きっと二歩目も踏み出せる
一歩踏み出すだけで景色が変わる
同じ場所におったら気づかへんことが
違う場所に行けば気づくこともあるねん
夢があるんやったら
そこまで必ず登るんやって決めて
昨日の自分をひたすら追い越していく
夢はそこから逃げへん
逃げ出すんはいつも自信がない自分
夢がなにかわからへんのやったら
どこに向かってもええから
どこかに一歩進んでみる
そこで見えるもんが
次の道を教えてくれる
立ちふさがる壁は
いつしか新しい世界への扉に変わってる
もう一歩前へ
あと一歩上へ
それだけで新しい人生が始まる
はじめの一歩 世界とシンクロ
僕がいまできることをみんなに与えよう
暗闇を照らしてくれる仲間
登りきるまで また立ち上がれ
誰だって 足跡残す 旅はまだ始まったばかり
今日も読んでいただいてありがとうゴザイマス
晴れました…ね
自転車乗りに行こうーっと!
2009年06月20日
父へ
父へ
覚えてる?
いちばん最初にした父の日の贈り物
紙粘土買うてきて作った灰皿
絵の具で水色一色に塗った不恰好な灰皿やったけど
なんも言わんとよう使ってくれてたなぁ
あんなんでも親孝行なってたんかな
もっとちゃんと親孝行させて欲しかった
そっちでもまたあいかわらずお酒はよう飲んでるんやろぅ
一度でええからいっしょにお酒酌み交わしたりしたかったわ
男と男としていろんなことを話ししたかった
親父の夢も聞いたことなかったやん
僕の夢も聞いて欲しかった
そっちでも幸せにやってるん?
僕はすごい幸せやで
ありがとう
ちゃんと礼なんか言うたことなかったから
この世に生んでくれたこと
ほんま感謝してる
ほんまにありがとう
ずっと言われへんままやったから
ほんとは直接言いたかったんやけどな
それが一番の心残りなんや
これからもちゃんとそこから見ててください
志だけは大事に持って前だけ向いて生きとるから
そんで後悔するような人生はぜったい送らへんから
あきらめないかぎり人生に失敗はない
ねぇ
そうやんな
僕もいつか親父みたいに息子に愛される父親になるから
僕を愛してくれて
ほんとにありがとう
明日は父の日なんで
僕が19歳のとき亡くなった父に向けて書いてみました
人はいつ死ぬかわからへん
でも人は死ぬんやで〜ぜーったいに!
明日かも
来年かも
十年後かも
それはわからへん
昨日までどんなに元気に笑ってた人でも
明日はどうなるかなんて誰にもわからへん
だから今日やりたいことは今日やりきって明日を迎えましょ
感謝してる人にはちゃんとありがとうって伝えてから風呂入りましょ
愛してる人にはちゃんと愛してるって言うてから寝ましょ
「やりたい」と思ても
できない理由をつけてやらへんかったら
いつまでも心に残ってしまう
「できなかった後悔」よりも
「やらなかった後悔」の方がつらいもんやから
できなかったらまた挑戦すればええだけやん
でも明日でもあさってでもなく
今すぐ始めんねん
限られた時間やから楽しいねん!
だから朝目が覚めたときにワクワクするねん!
みなさん明日は精一杯お父さんに感謝しまくっちゃってくださいね!
今日も読んでいただいてありがとうございました
明日から一週間ほど雨ですね
天からの恵みの雨
いっぱいいっぱい感謝しましょーね
またあした〜
覚えてる?
いちばん最初にした父の日の贈り物
紙粘土買うてきて作った灰皿
絵の具で水色一色に塗った不恰好な灰皿やったけど
なんも言わんとよう使ってくれてたなぁ
あんなんでも親孝行なってたんかな
もっとちゃんと親孝行させて欲しかった
そっちでもまたあいかわらずお酒はよう飲んでるんやろぅ
一度でええからいっしょにお酒酌み交わしたりしたかったわ
男と男としていろんなことを話ししたかった
親父の夢も聞いたことなかったやん
僕の夢も聞いて欲しかった
そっちでも幸せにやってるん?
僕はすごい幸せやで
ありがとう
ちゃんと礼なんか言うたことなかったから
この世に生んでくれたこと
ほんま感謝してる
ほんまにありがとう
ずっと言われへんままやったから
ほんとは直接言いたかったんやけどな
それが一番の心残りなんや
これからもちゃんとそこから見ててください
志だけは大事に持って前だけ向いて生きとるから
そんで後悔するような人生はぜったい送らへんから
あきらめないかぎり人生に失敗はない
ねぇ
そうやんな
僕もいつか親父みたいに息子に愛される父親になるから
僕を愛してくれて
ほんとにありがとう
明日は父の日なんで
僕が19歳のとき亡くなった父に向けて書いてみました
人はいつ死ぬかわからへん
でも人は死ぬんやで〜ぜーったいに!
明日かも
来年かも
十年後かも
それはわからへん
昨日までどんなに元気に笑ってた人でも
明日はどうなるかなんて誰にもわからへん
だから今日やりたいことは今日やりきって明日を迎えましょ
感謝してる人にはちゃんとありがとうって伝えてから風呂入りましょ
愛してる人にはちゃんと愛してるって言うてから寝ましょ
「やりたい」と思ても
できない理由をつけてやらへんかったら
いつまでも心に残ってしまう
「できなかった後悔」よりも
「やらなかった後悔」の方がつらいもんやから
できなかったらまた挑戦すればええだけやん
でも明日でもあさってでもなく
今すぐ始めんねん
限られた時間やから楽しいねん!
だから朝目が覚めたときにワクワクするねん!
みなさん明日は精一杯お父さんに感謝しまくっちゃってくださいね!
今日も読んでいただいてありがとうございました
明日から一週間ほど雨ですね
天からの恵みの雨
いっぱいいっぱい感謝しましょーね
またあした〜

















































